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更新日:2010年9月1日

旧日光市歴史年表(昭和・平成)

西暦/年号 旧日光市の歴史
1926年
(大正15年)
(昭和元年)
5月、所野小学校に実業補修学校を併設。
6月19日、町立日光高等女学校が認可される。
6月22日、春光会が組織される。
6月25日、日光婦人会の結成。
第一小学校が赤十字少年団に加盟。
1927(昭和2)年 3月31日、第一・第二裁縫補修学校が廃止される。
6月6日、日光高等女学校が開校。
12月1日、増田実平が町長に就任。
1928(昭和3)年 11月17日、湯元の大火。
1929(昭和4)年 2月27日、山本忠吉が町長に就任。
3月9日、日光銀行が解散。
10月1日、東武鉄道の日光線が全通。
12月8日、板垣退助の銅像が建立される。
1930(昭和5)年 7月8日、清水秀(のちの比庵)が町長に就任。
8月、華厳の滝エレベーターが開業。
10月1日、国鉄が上野・日光間に季節臨時準急行列車の運転を開始。
第1回アイスホッケー全日本選手権、精銅所リンクで開催。古河電工アイスホッケー部は準優勝。
1931(昭和6)年 3月30日、中禅寺湖が名勝に指定される。
5月6日、忠魂碑の建立。
5月、町役場に観光課を設立。
霧降牧場の開設。
1932(昭和7)年 8月28日、登山電車が開業。
11月1日、日光電軌が日光自動車電車株式会社と改称。
細尾スケートリンクの開設。
1933(昭和8)年 4月、足利銀行の日光出張場が開設される。
11月3日、日光登山鉄道の明智平~展望台ロープウェイが開業。
第4回全日本スケート選手権大会を細尾で開催。
1934(昭和9)年 12月4日、日光が国立公園に指定される。
第10回全日本学生スケート選手権大会を細尾で開催。
1935(昭和10)年 3月、第一・第二青年学校の設置(補修学校と青年訓練所の廃止)。
7月15日、日光町体育協会の結成。
11月、日光が冬季オリンピック競技場の候補地となる。
細尾峠が改修され、自動車の通行が可能となる。
1936(昭和11)年 12月22日、輪王寺の金剛桜が天然記念物に指定される。
1937(昭和12)年 7月、大日本国防婦人会日光町分会の結成。奥日光自動車が東武自動車に合併。
8月4日、町会が皇軍慰問決議。
10月4日、最初の日中戦争戦没者町葬。
10月15日、国民精神総動員日光町委員会の結成。
1938(昭和13)年 6月、貯蓄報国強調週間。
12月15日、国立公園切手の発売。
1939(昭和14)年 8月6日、精銅所産業報国会の結成。
9月27日、鶴見宜信が町長に就任。
1940(昭和15)年 9月、町内会、部落会、隣組の結成。
1941(昭和16)年 9月6日、鈴木久太郎が町長に就任。
1942(昭和17)年 2月、衣料切符制の実施。
5月、重要事業場労務管理令により、精銅所が重要事業場に指定される。
7月、天皇・皇后の行幸啓。
1943(昭和18)年 3月、供木の実施。
9月、明智平ロープウェーが営業を休止。
1944(昭和19)年 4月23日、町会で町民総決起運動の決議。県下の各学校から精銅所に勤労動員。
7月、日光自動車電車が日光軌道と改称。
神橋下に鉄道が架設される。
学習院初等課が疎開。
1945(昭和20)年 9月1日、町会が食料増産と失業対策を検討。
10月、各学校が正規授業に復帰。
10月17日、金谷ホテルなどが占領軍に接収される。
1946(昭和21)年 2月3日、東照宮が宗教法人を設立。
4月18日、アイケルバーガーが日光を訪れる。
5月、日光国立公園株式会社の設立。
戦場ヶ原に開拓農家が入植する。
1947(昭和22)年 4月5日、町長・町議会選挙で伊藤敏次郎が町長に就任。
9月6日、日光巡幸。
10月15日、旧御用邸の公開。
11月、もみじ祭。
1948(昭和23)年 4月1日、日光高等女学校が高等学校となる。
日光町警察署(自治体警察)の設立。
1949(昭和24)年 6月、精銅所で人員整理《8月1日まで》。
10月1日、日光中学校の校舎が落成。
1950(昭和25)年 東照宮の修理が始まる。神橋の復元。町営住宅の着工。
1951(昭和26)年 4月23日、町長・町議会選挙。
日光精銅所アイスホッケー部、古河電工アイスホッケー部に名称変更。
文化財保護法が施行され、東照宮本殿、陽明門などが国宝に指定される。
1952(昭和27)年 2月29日、金谷ホテルの接収を解除。
7月1日、町役場が中鉢石の旧大名ホテルに移転。
12月3日、第一いろは坂有料道路に着工。
1953(昭和28)年 4月、宝殿塵芥焼却場の建設。
6月18日、日光郵便局庁舎が落成。
8月28日、町長選挙で佐々木耕郎が町長に就任。
古河電工アイスホッケー部、全日本選手権大会で初優勝。
1954(昭和29)年 2月11日、小来川村を編入し、市制を施行。佐々木耕郎が初代市長に就任。
3月12日、市議会が自治体警察の廃止を決議。
10月、第一いろは坂の改良工事が完成。
市営上水道の給水を開始。
1955(昭和30)年 1月、消防本部の設置。
4月30日、市議会選挙。
人口が33,490人(国勢調査)で過去最高を記録。以後、減少傾向が続く。
1956(昭和31)年 10月、国鉄の日光線で準急日光号が運転を開始。
湯元スキー場リフトの開設。
1957(昭和32)年 7月、日光保育所の開設。
8月23日、市長選挙。
中宮祠簡易水道の給水を開始。阿世潟キャンプ場の完成。
古河電工リンク完成。
1958(昭和33)年 8月、湯元簡易水道が完成。
10月10日、日光市名誉市民条例の制定。
11月3日、最初の名誉市民として、徳川家正、小杉放菴、清水秀(比庵)の3人を推挙。
1959(昭和34)年 4月15日、市民憲章の公布。
4月30日、市議会選挙。
8月、日光ユースホステルの開設。
9月22日、国鉄日光線の電化が完成。
古河電工アイスホッケー部、第27回全日本選手権大会で優勝。
1960(昭和35)年 2月、駅前広場の拡張。
6月、中禅寺ダムが完成。
公共下水道の工事が始まる。
古河電工アイスホッケー部、第28回全日本選手権大会で、前大会に引き続き、連続優勝。
1961(昭和36)年 3月15日、本地堂が焼失。(鳴竜は1966年、堂は1968年に復元。)
4月22日、霧降高原開発協議会が発足。
8月20日、市長・市議会補欠選挙。
和の代林道が完成。
1962(昭和37)年 3月、救急車を配置。
6月1日、観光税を実施。
11月、安良沢浄水場が完成。
12月、し尿処理場が完成(2市1町)。
古河電工アイスホッケー部、第30回全日本選手権大会、第2回NHK杯、第17回冬季国体に優勝し、三冠達成。
1963(昭和38)年 3月24日、突風による被害。太郎杉問題が起こる。
4月30日、市議会選挙。
8月、日光・中禅寺間の電話自動化が完成。
金精トンネルが開通。
古河電工アイスホッケー部、第9回実業団大会、第3回NHK杯、第18回冬季国体に優勝し、三冠達成。
1964(昭和39)年 8月、農業マイクロ実験場の開設。
下水道条例の制定。
古河電工アイスホッケー部、不況により一時休部。
1965(昭和40)年 8月9日、霧降大橋が開通。
8月25日、市長選挙。
10月、金精道路と第二いろは坂道路が完成。
1966(昭和41)年 10月25日、隔離病舎が完成。
12月7日、スケートセンターが開場。
この年、第1回日本アイスホッケーリーグ開幕され、古河電工アイスホッケー部もこの大会から参加。
1967(昭和42)年 2月13日、中宮祠小・中学校が焼失。
4月28日、市議会選挙。
1968(昭和43)年 2月24日、日光軌道の廃止。
5月、トーテムパークが開園。
6月、小来川総合会館が完成。
7月、母子健康センターの開設。
1969(昭和44)年 4月、清滝保育所と中宮祠塵芥焼却場が完成。
7月30日、パームスプリング市(アメリカ)と姉妹都市の締結。
8月23日、市長・市議会補欠選挙で星野仁十郎が市長に就任。
10月5日、市歌の発表。
1970(昭和45)年 10月、交通指導員制度の発足。
社会福祉協議会の発足。馬返・明智平間のケーブルカーが廃止される。
1971(昭和46)年 4月25日、市議会選挙。
1972(昭和47)年 11月22日、総合会館が完成。
湯元浄水場の整備。
1973(昭和48)年 3月、東照宮の第二期工事が完成。
7月13日、太郎杉問題の東京高裁判決で永久保護が決定。
8月17日、市長・市議会補欠選挙。
山久保小学校が廃校。
清滝バイパスが完成。
1974(昭和49)年 3月、市民生活意識調査。
4月1日、八王子市と姉妹都市の締結。
11月21日、野口ごみ焼却場が完成。
1975(昭和50)年 2月1日、清滝出張所・公民館が落成。
4月27日、市議会選挙(定数26人)。
日光地区広域行政センターの開設。
1976(昭和51)年 3月8日、所野保育所が完成。
4月2日、七里浄水場が完成。
9月26日、霧降高原有料道路が開通。
1977(昭和52)年 4月16日、甲良町と姉妹都市の締結。
8月19日、市長・市議会補欠選挙。
中央公民館・図書館が完成。
1978(昭和53)年 11月29日、消防庁舎が完成。
日足トンネルが開通。
1979(昭和54)年 3月、「日光市史」が完成。
6月、体育館が完成。
9月、東武日光線の開通50周年。駅舎が全面改修される。
1980(昭和55)年 1月、所野みどりの里57区画の分譲。
4月、華厳の滝無料観ばく台が完成。
9月~10月、第35回栃の葉国体(日光市では剣道・山岳)が開催され、常陸宮夫妻が日光を訪問。
1981(昭和56)年 8月、市長選挙で齋藤善蔵が市長に就任。
日光宇都宮道路が全線開通。
1982(昭和57)年 1月、第37回国体冬季大会が開催され、常陸宮が日光を訪問。
4月16日、苫小牧市と姉妹都市の締結。日光小学校が落成し、移転。中宮祠公民館兼奥日光コミュニティセンターが完成。
5月、天皇・皇后が日光を訪問。日光小学校歩道橋が完成。日光水産センターが完成。
6月、清滝ごみ焼却場が落成。
1983(昭和58)年 4月、学校給食共同調理場が完成。市議会選挙(定数22人)。
5月、東照宮と輪王寺の宗教百年戦争に終止符。
10月1日、日光警察署の新庁舎が完成し、移転。
1984(昭和59)年 2月、市制30周年記念として、市花(日光キスゲ)と市木(いちい)を選定。
3月、勤労者体育センター・働く婦人の家が完成。中宮祠ごみ焼却場が完成。
7月、安良沢小学校が完成。
10月、いろは坂の無料化。中禅寺湖が全面結氷。
1985(昭和60)年 1月、老人憩いの家の供用を開始。
3月、街並景観条例の制定。
8月、市長選挙。
1986(昭和61)年 3月、日光保育所の全面改築。
4月、郷土センターが開館。所野コミュニティセンターが完成。シルバー人材センターの設立。
7月22日、星野仁十郎が没。
8月1日、非核平和都市宣言。
10月、東中学校の全面改築。
1987(昭和62)年 3月、東町・七里の一部で下水道の供用を開始。
6月5日~8日、皇太子一家が日光を訪問。
1988(昭和63)年 3月23日、小来川保育園が完成。
4月28日、日光温泉浴場がオープン。
8月3日~5日、皇太子一家が日光を訪問。
9月9日、小倉山森林公園木彫りの里工芸センターが完成。
1989年
昭和64年/平成元年
3月、JR日光駅・東武日光駅間の県道改修工事が完了。
6月13日、日光リゾート開発株式会社の設立。
8月、市長選挙で小平英哉が市長に就任。
1990(平成2)年 3月29日、野口清掃センターがオープン。
7月26日、日光懇話会が発足。
1991(平成3)年 3月3日、日光スケートセンターが閉鎖。
6月3日、福祉保健センターの完成。
7月17日、日光自然博物館がオープン。
12月31日、アーデル霧降スポーツバレイ屋外リンクがオープン。
1992(平成4)年 1月13日、アーデル霧降スポーツバレイ屋内リンクがオープン。
11月、所野運動公園野球場が完成。
1993(平成5)年 3月25日、小来川診療所が完成。
5月31日、文化観光施設税の廃止。
1994(平成6)年 3月30日、明智平バイパスが開通。
市制施行40周年記念式典
1995(平成7)年 1月、細尾ドームリンクが完成。
4月、市議会選挙(定数20人)。
6月25日、第1回奥日光ハーフマラソン大会の開催。
10月1日、やしおの湯がオープン。
1996(平成8)年 1月、第51回「日光杉並木国体」冬季大会が開幕、皇太子夫妻が日光を訪問。
5月24日、特別養護老人ホーム「きびたき荘」が竣工。
7月、東小来川簡易水道の給水を開始。
7月26日~27日、天皇・皇后、紀宮妃が日光を訪問。
10月2日、男体駐車場がオープン。
1997(平成9)年 7月、市長選挙で齋藤隆男が市長に就任。旧中禅寺湖有料道路の無料化。
10月8日、小杉放菴記念日光美術館が開館。
1998(平成10)年 10月、アーデル霧降スポーツバレイ屋外リンクの市営化。
1999(平成11)年 3月、古河電工アイスホッケー部が廃部。
6月、皇太子夫妻が日光を訪問。
8月、古河電工アイスホッケー部の廃部を受け、日光アイスバックスが発足。
12月、交流促進センターがオープン。
12月2日、「日光の社寺」の世界遺産への登録が決定。
2000(平成12)年 3月、古河電工リンクが閉鎖。
3月12日、世界遺産登録記念式典。環境美化都市宣言。
4月、日光市サル餌付け禁止条例の制定。
4月1日、日光市民病院がオープン。
4月21日~11月30日、大猷院奥院が350年目にして初の一般公開。
8月30日、日光田母沢御用邸記念公園が開園。
10月1日、イタリア大使館別荘記念公園が開園。
12月2日~3日、世界遺産登録記念・日光ツーデーウォークの開催。
2001(平成13)年 3月28日、東武日光・鬼怒川線特急スペーシア、朝・夜に1本づつ増発。
4月1日日光市公式ホームページ開設。
5月28日、HC日光アイスバックスの新たな運営会社となる“有限会社日光アイスバックスとちぎ”発足。29日、日光市がハイブリットカー“プリウス”を導入。
7月16日~19日、天皇・皇后両陛下ご来晃。田母沢御用邸などをご見学。29日、市長選挙で齋藤隆男氏当選。
9月11日、台風15号上陸、市内でも被害相次ぐ。小田代原には湖も。30日、「オペラ日光」上演。
11月、霧降高原のニッコウキスゲが「かおり風景100選」を受賞。日光市が「花の観光地づくり大賞」を受賞。
大日光信用組合経営破たん。
12月20日、日光二荒山神社付属ふたら幼稚園が、県第一号となる非常通報システム設置。27日、日光市出身の羽石国臣選手が、男子スピードスケート500mのソルトレークシティー冬季オリンピック代表に決定。
2002(平成14)年 2月、冬季五輪ソルトレークシティーオリンピックでスピードスケート男子500mに、日光出身の羽石国臣選手が出場。合計タイム1分10秒11で12位。
4月1日、日光市民病院新築オープン・介護老人保健施設「にっこう」開設。
5月13日、ふれあい橋開通。
5月11日、栃木県植樹祭小倉山森林公園で開催。
5月17日、日英グリーン同盟植樹を交流促進センターにて英国大使夫妻を招いて実施。
6月2日、齋藤隆男日光市長が死去。大久保勝助役が職務代理者に就任。
7月21日、市長選挙で眞杉瑞夫氏当選。
8月2日、日光郷土センターが「国際観光情報センター」という新たな機能を備えてオープン。
10月3日、日光市・苫小牧市姉妹都市20周年記念交流会。
10月9日、前日光市長故齋藤隆男氏、日光市民葬。
11月23日・24日、JAPAN-KOREA市民交流フェステイバル2002(日韓小学生親善サッカー・朝鮮通信使等)
2003(平成15)年 1月27日、戸籍のコンピュター化スタート。
2月17日、日光市・今市市・足尾町・栗山村・藤原町任意合併協議会設立。
4月1日、日光勤労者体育センターが日光市清滝体育館に変更。
4月13日、栃木県議会議員選挙。(日光選挙区と今市選挙区とが合区)
4月27日、日光市議会議員選挙。
5月1日、日光市環境美化都市に関する条例によりタバコのポイ捨て禁止。
6月10日、日光市・今市市・足尾町・栗山村・藤原町法定合併協議会設立について栗山村が否決したことにより白紙。
7月18日、日光地区合併推進協議会設立。
8月12日、湯元温泉で足湯「あんよのゆ」オープン。
9月30日、日光地区合併推進協議会解散。
10月8日、アクティブクーポン発売。
10月8日、日光田母沢御用邸記念公園に研修室オープン。
11月15・16日、古都21世紀会議開催。
12月7日、日光市の合併についての意思を問う住民投票実施。
12月22日、日光地区合併協議会へ加入
12月23~25日第30回全日本スプリントスピードスケート選手権大会が日光霧降スケート大会で開催。
2004(平成16)年 2月、eライブラリースタート。
7月16日、市制50周年記念式典「ホスピタリティメッセージ宣言」。
8月29日、栃木県・日光市総合防災訓練。
10月12日、日光市・敦煌市友好交流締結覚書調印。
12月7日、日光地区2市2町1村の合併関連議案を日光市議会において否決。
12月12日、祝祭の音楽展inNIKKO開催。
2005(平成17)年

1月、国内第1号の景観行政団体指定。
4月3日、授産施設「愛晃の杜」完成。
4月29日、「ふれあいの郷小来川」オープン。
11月、山久保簡易給水施設完成。
11月8日、「奥日光の湿原」ラムサール条約登録。
12月、全日本女子中学・高校生アイスホッケーの聖地として、スポーツ拠点づくり推進事業に認定される。

2006(平成18)年

2月11日、日光市閉市式。
3月20日、今市市、足尾町、藤原町、栗山村と合併し、「日光市」となる。

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