間藤水力発電所跡
| 名称 | 間藤水力発電所跡 |
|---|---|
| 種別1 | 記念物 |
| 種別2 | 史跡 |
| 員数 | 0 |
| 地域 | 足尾 |
| 所在地 | 日光市足尾町 |
| 解説 | かっての名称は「間藤原動所」と称した。日本の水力発電の嚆矢は「下野麻紡績会社鹿沼工場(明治23年7月開設 出力17キロワット)、次いで現桐生市の「日本織物会社」(明治23年10月 出力50キロワット)、3番目が「間藤原動所」(同23年12月 出力298キロワット)であるが、足尾銅山が動力用として本格的に活用したと限定すれば日本最初と言えよう。足尾銅山は増大する産銅量に対処するため近代化を目指し、ドイツのシーメンス社のもと、ヘルマン・ケスラー技師により当原動所を同22年9月に着工した。開設時は400馬力(換算出力298キロワット)のタービン式で、発電機は60キロワット3台、30キロワット2台を備えた。同25年1月に設備が結氷により大改造となる。 水車はペルトン式130馬力1台、100馬力3台、レッフェル式80馬力1台、計5台510馬力の水車で出力320キロワットの発電機を備えて、坑内揚水機・坑内捲揚機・電灯・圧搾機・製煉送風機等に活用した。落水々圧管(直径1.4メートル)の一部、原動所レンガ基礎、水路隧道等が今に残る。 |



